TDB REPORT ONLINE

保険会社は、各地の中小企業が健康経営に取り組むにあたって、自治体や商工会議所、協会けんぽなどと並んで、重要な支援役となっている。

損害保険や生命保険の営業担当者は、企業を直接訪問することが多く、企業経営者にとっては身近な相談相手でもある。TDBが2023年10月に、健康経営優良法人(中小規模法人部門)を対象に実施したアンケートにおいても、36.5%の企業が「保険会社(生損保)の支援サービス」を活用したと回答している。

そのなかで、東京海上ホールディングスは、上場会社の中から健康経営に特に優れた企業とされる「健康経営銘柄」に、2016年から2023年まで8年連続で選ばれている。また、グループ主要企業である東京海上日動火災保険においては、自社の健康経営に向けた先進的な取り組みをベースに、健康経営優良法人の認定取得を目指す企業の支援を行っており、2022年度におけるその数は約2,000社にのぼる。

東京海上グループの健康経営、そして全国での健康経営の推進支援の取り組みについて、同グループの健康経営推進に携わる岡林知代子氏と、各地の地方創生を通じて中小企業の経営支援に携わる戸塚直子氏に聞いた。前・後編の二回に分けてお送りする。

東京海上ホールディングス株式会社
人事部 ウェルネス支援グループ アシスタントマネージャー
岡林 知代子氏(保健師、産業カウンセラー)

東京海上日動火災保険株式会社
マーケット戦略部 地域推進室 ユニットリーダー
戸塚 直子氏

01_speaker.jpeg

          岡林知代子氏           戸塚直子氏     

健康経営度調査に初年度の2014年度から参加、「体制面での課題」が転機に

―東京海上グループの健康経営への取り組み時期や推進体制についてお聞かせください

保険事業は“People’s Business”と呼ばれる形が見えないサービスであり、「人」が創り上げる「信頼」が極めて大切であることから、社員が最も大切な財産であるという考え方は従来からありました。

「産業保健」の観点では、1980年代に労働安全衛生の体制を全国の事業拠点で整えました。1990年からは会社と健康保険組合が共催する形で「健康増進月間」を定めており、その取り組みはすでに30年を超える歴史があります。

※産業保健:従業員が健康で安心して働ける職場づくりを目的とした企業の取り組み。関連法規として「労働安全衛生法」があり、一定規模以上の事業所では産業医や衛生管理者の選任が義務付けられている。

「健康経営」については、経済産業省が実施する「健康経営度調査」に初年度である2014年度から参加しています。実はその初年度の調査フィードバックにおいて、「制度・施策実行」では良好な評価を受けたのですが、「健康経営」という観点では「体制の部分に課題がある」という指摘を受けました。

産業保健スタッフが長年取り組んできた健康保持・増進施策等は高く評価されたものの、健康経営の実践においては「経営層の体制や、関係部との連携が不十分である」点が課題であると理解しました。

これがひとつの転機となり、その指摘を踏まえて改めて検討を重ね、組織体制作りに取り組んだ結果、現在の推進体制が出来上がりました。現在の体制は、一朝一夕にできたわけではなく、年を追って少しずつ進めてきた成果です。

健康を経営戦略にどう取り込むか、社長直下に「健康経営推進会議」を発足

―具体的にはどのように体制作りを進められたのですか

それまでは、「健康管理室」を中核に健康施策を企画・実行しており、連携先は衛生委員会や各職場の人事能力開発キーパーソン(管理職)、健康保険組合など健康管理の部門が主なものでした。また経営層とのつながりは人事担当役員がメインであり、経営トップとの体制構築が課題でした。

2015年以降、そうした既存の体制を、健康をどう経営戦略に取り込むかという視点で見直していきました。まず経営トップである社長の直下に「健康経営推進会議」というチームを設け、経営企画部やお客さま支援を担う営業企画部のほか、人事関連部門では産業保健だけではなく人事制度に携わる部門、さらには商品サービス部門など、健康管理に携わる部門以外にもまたがる横断的な体制構築を進めました。また、健康経営推進会議の中で、2020年には「健康経営戦略マップ」を策定しています。

現在は、健康経営の推進体制のトップが東京海上ホールディングスのグループCEOで、その直下にグループ健康経営総括(CWO :Chief Wellness Officer)を設けています。グループ全体の健康経営を推進し傘下企業を支援する組織として「人事部ウェルネス支援グループ」があります。東京海上日動火災保険の各職場での推進にあたっては、人事能力開発キーパーソンのほか、若手社員を中心に「ウェルビーイングキーパーソン」という役割を設けて、推進役として活動してもらっています。

02_健康経営推進体制組織図.JPG

経営層とともに「健康経営推進会議」が連携し健康経営における課題の対策を検討することにより、経営トップを含めて社内に協働するメンバーが増えていきました。

社員の健康経営への関心も次第に高まり、各職場の「ウェルビーイングキーパーソン」の推進により積極的に健康施策を活用するなど、社員を主体とした健康への取り組みが組織的に波及していったのは、「産業保健」中心の時期より、「健康経営」以降だと実感しています。

グループにおける健康経営推進の経営責任者である「CWO」の役割とは

―CWO (Chief Wellness Officer)とは聞きなれない役職です。推進体制におけるCWOの役割、位置づけは

「グループ健康経営総括(Chief Wellness Officer)」(略称:CWO)は、2019年に「東京海上グループ健康憲章」を制定した際に新設した役割です。グループ全体で健康経営を推進する経営責任者として、健康経営の実践をグループベースで推し進め、持続的成長を実現する礎として健康経営を強固なものとしていく、またその取り組みを通じて社会に貢献し、“健康”をお客さまから選ばれる東京海上グループのコアバリューとしていくこと、そうした目的をもって、けん引していく役割です。

―「ウィルビーイングキーパーソン」の役割は

ウェルビーイングキーパーソンは、各職場での健康施策の推進役を担います。若手社員が任命されることが多く、例えば複数のコースから選択して取り組む健康施策などでは「我々の部門ではこれをやります!」と宣言して、独自に企画し自発的に取り組むという流れが生みだされています。最終的には組織として健康経営の浸透につながる下地になっています。

グループ健康憲章で健康経営の理念を示す、健康組合やグループ内でPDCAを連携

―健康経営を推進する理念として「東京海上グループ健康憲章」を制定した背景をお聞かせください

「東京海上グループ健康憲章」は、2019年に制定したグループ全体の健康に関する社員の行動規範です。社内イントラネットや携帯用カードで、常に見ることができます。

03_健康憲章.JPG

東京海上グループでは社員は大切な財産であり、社員とその家族の健康は経営の重要なテーマのひとつと位置付けています。社員が心身ともに健康でいきいきと働くことを通じて働きがいやロイヤリティを高め、会社の持続的成長につなげていくことを目指しています。こうした会社として目指すところを、国内外のグループ全体で共有し、浸透させることを目的に、日本版と英語版の健康憲章を制定しました。

健康憲章のポイントは3点挙げられます。1点目は「社員とその家族の健康」。2点目は、「健康増進は社員と会社のそれぞれが主体的に取り組むことが必要である」点です。健康に関する取り組みはコストではなく、企業価値向上に資する投資として、会社が社員の健康に対する投資を行うことを明確にしています。3点目は、「お客さまや地域社会に対する健康面での支援を通じて、社会課題の解決や健康で豊かな未来の実現に貢献する」ことを宣言している点です。

―国内では、グループ各社が個別に健康経営優良法人の認定を取得しています

健康経営はグループ各社でも「東京海上グループ健康憲章」に則り推進しており、前出のホールディングス内の「人事部ウェルネス支援グループ」がグループ各社の取り組みを支援しています。具体的には健康診断結果のデータベース化を基にした健康課題の把握や、健診後の産業医判定で事後措置が必要な方へのフォローアップ、ストレスチェック結果の職場環境の改善への活用など、そうしたPDCAが円滑に進むようサポートを行います。

2014年から国が戦略として進めている「データヘルス計画」においては、健康保険組合が各種データを活用しながらPDCAを回していくことが求められています。東京海上日動健康保険組合でもこの計画を策定し、組合員向けにインターネット上で公開し、事業者と健康保険組合が一体となってデータヘルス計画を達成するように働きかけています。

グループの中には、医療・健康関連のサービスを提供する東京海上日動メディカルサービス(東京都港区)があり、こうしたグループ内のリソースやソリューションを活用しながら、全体の質を高める取り組みを進めています。

ヘルスケアデータを活用し、独自の指標を算出・分析。指標向上の目標を掲げる

―健康診断結果などヘルスケアデータの活用が注目されています。貴社独自の取り組みがあれば、お聞かせください

健康診断結果など身体面での数値に加えて、ストレスチェック結果や社員アンケート結果など各種健康関連データをもとに、従業員のパフォーマンスに関する指標を独自に算出・分析しています。「プレゼンティーズム」「アブセンティーズム」「ワーク・エンゲイジメント」「組織のいきいき度」の4点です。

社員アンケートでは、健康施策が従業員のパフォーマンス向上にどれくらい資する取り組みになっているかという点を指標化するために、健康経営戦略マップに沿って、従業員の意識・行動の変容という観点で健康リテラシーや施策の参加率、運動習慣や食事習慣のリスク者割合を確認します。そして意識・行動変容の結果として健康関連の目標や指標がどう変わっているかという点を分析しています。この分析指標の向上は、健康経営全体の最終目標のひとつです。

04_健康関連の4指標.JPG

健康診断とストレスチェックは、別々のデータとして取得しますが、両データの関係性について分析しています。こうした健康関連データを、リスク分析を専門とするグループ会社(東京海上ディーアール)が、どの要素や値がどのように効いているかを分析し、その結果をサスティナビリティレポート上で公表しています。時系列で変化を把握し、専門的な分析やノウハウを蓄積している点が当グループの特徴といえます。

05_プレゼンティーズムの推移.JPG06_組織のいきいき度の推移.JPG

30年を超える歴史の「健康増進月間」、職場のコミュニケーション活性化に寄与

―社員が参加する具体的なキャンペーンやイベントの取り組みについてお聞かせください

毎年、10~11月の2か月を「健康増進月間」としてキャンペーンを展開しています。専用ウェブサイトに「健康チャレンジ」という個人ページを登録し、自身で進捗状況をモニタリングできます。健康組合単位の母集団で、参加者全体で自分がどの位置にいるか、わかる仕組みとなっています。

07_増進月間冊子見開き.jpg

参加方法は個人で取り組む「Myチャレンジ」と、組織やグループで取り組む「Ourチャレンジ」があり、選択できるコースもウォーキングなどの運動から、食生活、日常生活、ワーク・エンゲイジメントなど、さまざまな分野を用意しています。参加するインセンティブとして、ポイント制のほか、表彰も個人だけではなくグループなどの組織を対象として、チームワーク賞などの社長賞を設けている、一大イベントです。

※ワーク・エンゲイジメント:仕事に関連するポジティブで充実した心理状態。活力、熱意、没頭の3つが揃った状態

「Ourチャレンジ」のイベントは、生活習慣の改善だけではなく、職場のコミュニケーション促進や、一体感の醸成にもつながっています。

―働く女性が増加するなかで、健康経営においては、「女性特有の健康課題」も注目されています。具体的な取り組みがあればお聞かせください

以下、「後編」(TRO会員限定記事)へ続きます。

資料出典:東京海上ホールディングス

関連記事