グリーントランスフォーメーション(GX)とは、温室効果ガス(Greenhouse Gas、略称GHG)の排出量削減と経済成長の両立に向けて、経済・社会システムを変革する取り組みである。
2023年5月、「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律(GX 推進法)」が成立した。これにより、二酸化炭素(CO2)をはじめとするGHG の排出量削減と、新たなエネルギー構造や産業構造への転換は、具体的な財源を得ていっそう加速することが期待される。
今後は脱炭素への取り組みが、取引先・融資先の選定条件や企業の信用力の判断材料ともなりうる。
こうした変化にいかに早期に対応し、課題解決に取り組むかが、企業の存続や成長のカギとなる。
「GX への取り組み状況と展望」では、GX をめぐる政府や企業、投資家の動向と、中小企業のGX を取り巻く課題について述べる。
世界気象機関(WMO)が2021年に発表した報告書によると、暴風雨や洪水、干ばつといった気象災害の発生件数は、1970 年から2019年の50年間で5倍近く増加している。その主因と考えられるのが、経済活動にともなって排出される、各種温室効果ガス(以下GHG)の急増が招く地球温暖化だ。
この問題に対し、2015年の国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)にて、産業革命以降の温度上昇を1.5度以内に抑えることを努力目標とする「パリ協定」が採択され、翌2016年に発効した。
その達成のためには、2050年近辺までにGHG の排出量を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」の実現が必要とされる。そこで我が国でも、2020年に菅首相(当時)が、2050年までにカーボンニュートラルを実現することを宣言した(図表1)。
GHG 排出量は経済活動の規模拡大に比例して増大してきた。したがって従来の経済・社会システムのもとでは、カーボンニュートラルは経済活動の停滞を招く。
この問題を先進技術によって解決し、カーボンニュートラルへの取り組みが経済成長の機会となるよう経済・社会システムを変革する試みが、グリーントランスフォーメーション(以下GX)である。経済産業省ではGX を、GHG の「排出削減と産業競争力の向上の実現に向けた、経済社会システムの変革」と定義している。
GX に向けた技術革新や社会変革としては、以下のようなものが挙げられる。
●さらなる省エネルギー化の推進
●化石燃料利用の低炭素化
●非化石エネルギーの導入拡大
●カーボンリサイクル
●送電網の効率化
●蓄電池の高性能・低コスト化
●エネルギーの地産地消
政府によるGXへの取り組みは、2020年10月の、菅内閣による「2050年カーボンニュートラル宣言」以降に本格化した(図表2)。
これを機に、GX 推進に向けた具体策の検討が始まった。同年12月には経済産業省より「グリーン成長戦略」が公表、翌2021年6月にはその具体策が提示された。
2022年2月には経済産業省が、GXに取り組む企業群と官・学・金融による議論・実践の場となる「GX リーグ」の基本構想を策定した(図表3)。
2022年6月には岸田文雄政権が「新しい資本主義」の実行計画案を公表。その4つの重点投資分野の1つにGX が取り上げられた。
そして2023年2月には、「GX 実現に向けた基本方針」が閣議決定。その実現に向けて、5月12日には「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律(GX推進法)」が衆議院本会議で可決、成立し、GX推進に向けた基盤が整った。
企業の姿勢も、経済的な価値追求と社会的な価値追求の両立を目指すものに変わりつつある。そのような取り組み姿勢を明示しなければ、株主や消費者などステークホルダーからの支持を得られにくくなりつつあるためだ。
気候変動に対する取り組みは長期的な企業価値を高めるものと認識され、それに関する設備投資も前向きなものと認識されるようになった。環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)への取り組みを評価基準に企業への投資を行うESG 投資も拡大しており、GX への取り組みは、投資家への重要なアピールポイントとなってきている。
そのような中、経済産業省が掲げる「GX リーグ基本構想」には、2023 年1 月31 日までに、合計679社が賛同を表明した。
大手企業は自社だけでなく、サプライチェーン全体における脱炭素促進も求められている。
2022年4月には、東証プライム市場の上場企業に対し、気候変動に関する事業リスクの開示が義務付けられた。求められる開示内容は気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)による提言を基準とするが、そこでは自社だけでなく、サプライチェーン全体のGHG 排出量を開示することが推奨されている。
また、「GXリーグ基本構想」においても、参画企業は自社だけでなく、サプライチェーン上流の調達先企業におけるカーボンニュートラルへの取り組みを伴走支援し、また下流の販売先・消費者に対しても、環境に配慮した製品・サービスの提供を通じて、脱炭素につながる消費生活を啓蒙することが求められている(図表4)。
原材料調達・製造・物流・販売・廃棄といったサプライチェーンを通じて排出されるGHG は、それが直接排出であるか間接排出であるかによって3つに分類される(図表5)。
【スコープ1:直接排出】
【スコープ2:間接排出】
【スコープ3:その他の間接排出】
この中で多くの企業が課題を抱えるのが「スコープ3」の排出量把握・削減だ。
スコープ3は自社以外の上流・下流における排出量であるため、自社単独では算出することができない。正確な算出のためには、サプライチェーンの各事業者からの情報提供が必要となる。
そのため今後、大手企業のサプライチェーンに属している企業は、業種・企業規模の大小にかかわらず、GHG の排出量把握とその削減を求められる可能性がある。
GX 推進法によって、日本でも本格的にカーボンプライシングが導入されることになる。
カーボンプライシングとは、排出されるCO2に対して値付けをし、排出量に応じた費用負担を求める仕組み。金額に換算されることで、排出量を権利として売買すること(排出量取引)や、排出量に対する課税(炭素税)などが可能になる。
まず2026年度から、排出量を売買する「排出量取引」が本格稼働する予定である。
2028年度からは、輸入する化石燃料に由来するCO2の量に応じて輸入業者から賦課金を徴収する「化石燃料賦課金」が導入される。その負担は徐々に引き上げられる予定だ。
また2033年度からは、発電事業者に対して一部有償でCO2の排出枠(量)を割り当て、その量に応じた特定事業者負担金を徴収する、「特定事業者負担金」制度が始まる。
これらの賦課金・負担金は販売価格に転嫁されることで、最終利用者のエネルギーコスト増大につながる。影響は化石燃料の輸入業者や発電事業者だけでなく、エネルギーを利用するすべての企業に及ぶこととなるだろう。
中小企業のGHG 排出量は、国内全体の1~2割弱を占めると推計される。しかし、中小企業の多くはカーボンニュートラルについて、具体的な方策を検討するまでには至っていない。
資金面、情報面、知識面、人材面での制約がある中小企業にとって、カーボンニュートラルは積極的に取り組みづらい課題である。
まず、GHG 排出量というものが目に見えず、問題として意識されづらい。また、短期的な収益には結びつかないため、物価高騰、人手不足、賃上げなどの諸問題に比べ、経営課題としての優先順位が低くなりがちである。
しかし、政府・行政・産業界がカーボンニュートラルに本格的に取り組む姿勢を見せる中、状況は変わりつつある。
すでに上昇しているエネルギー価格は、「化石燃料賦課金」の導入により、2028年度以降さらに高騰する可能性が高い。企業にとって省エネルギー化は、これまで以上に重要なコスト削減策となるが、猶予期間は5年しかない。
また、こうした脱炭素促進に向けた規制や制度は、今後さらに増えると考えられる。対応の遅れは将来の経営リスク増加につながるだろう。
さらに、サプライチェーンの排出量削減に取り組む取引先企業から、カーボンニュートラルへの対応を求められる機会が増えるだろう。例えばアップル(米)は、2030年までにサプライチェーンをカーボンニュートラルにすることを目標とし、それに向けた取り組みを世界中のサプライヤーに要請している。
金融機関も、融資先のカーボンニュートラルへの取り組みを重視し始めている。大半の地方銀行が脱炭素に対する自らの取り組みを開示しており、そのために投融資先のGHG 排出量の把握を必要としている。加えて、地域企業のカーボンニュートラルを支援することが、地方銀行にとって重要な経営課題になりつつある。
このような状況下、補助金や専門家派遣など、中小企業のGX を支援するための施策も増えている。支援機関の動向と支援策を、以下の記事で紹介する。
また、実際にGX に取り組んでいる企業の事例を、以下の記事で紹介する。
さらに、中小企業1,176社のGX取り組み動向に関するアンケート調査結果を、以下の記事で紹介する。