2020年以降、新型コロナの感染拡大長期化により、働き方や生活様式は大きく変化した。さらには世界的な環境問題やSDGs(持続可能な開発目標)への関心の高まりから、社会経済や価値観は変容しつつあり、企業にはこれまでにない新しいチャレンジが求められている。
少子高齢化が顕著な日本においては、人口減少を前提としたうえで、生産性向上や企業の成長・価値向上を実現しなければならない。
そこで注目されるのが人材を資本として考える「人的資本経営」で、その一環として「健康経営」に取り組む機運が高まっている。
「健康経営」とは、「従業員等の健康保持・増進の取り組みが、将来的に収益性を高める投資であるとの考えの下、健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践すること」と定義される。健康経営の促進により、従業員の活力向上や生産性向上など組織自体の活性化をもたらし、結果的に業績向上や組織としての価値向上につながることが期待されている。
日本においては、2014年前後から政策面での取り組みが本格化してきた(図表1)。
2014年に上場企業などを対象として「健康経営度調査」が開始。翌2015年3月には、上場企業の中から「健康経営銘柄」が初めて公表されたほか、同年7月には経団連や日本商工会議所などの経済団体、自治体、保険者団体などが連携し、民間主導で国民の健康寿命延伸や医療費の適正化に取り組む「日本健康会議」が発足した。
2017年には経済産業省と日本健康会議により初めて「健康経営優良法人」が公表された。また、メンタルヘルス問題の深刻化にともなうストレスチェックの義務化(2015年)や受動喫煙対策の義務化(2020年)など、法改正による施策のほか、2019年以降、各種労働関連法の改正にともなう「働き方改革」も本格化。これら各種政策の追い風もあり、健康経営に対する認知度は高まっている。
この間、健康経営の普及に向けて、自治体独自の顕彰制度や公共調達における加点制度、金融機関による融資や保証料の優遇といったインセンティブのほか、保険者団体なども啓蒙・支援活動に取り組んでいる。東京商工会議所が認定する「健康経営アドバイザー」および「健康経営エキスパートアドバイザー」は、中小企業が健康経営に取り組む際のキーマンとして認知され、全国での認定数は合わせて17,465名(2022年9月時点)に及ぶ。
特に、2018 年からスタートした後者の「健康経営エキスパートアドバイザー」は、支援のためのヒアリングやアウトプットの実践的スキルを備えた専門人材として、医療関係者や社会保険労務士や中小企業診断士など士業専門家のほか、健康保険組合の職員など幅広い人材が取得しており、中小企業の健康経営優良法人の認定取得支援において大きな役割を担っている。
健康経営に関する制度の中で注目度が高いのが、「健康経営優良法人」の認定制度である。同認定制度では、業種や従業員数等にもとづき「大規模法人部門」と「中小規模法人部門」に分類される。
スケジュールは、近年はおおむね5月から7月にかけ認定要件の検討がなされ、9月から11月にかけて申請を受付、翌年3月に結果が公表される。
認定法人数は、健康経営の認知度の高まりとともに、増加傾向にあり、2022 年3 月公表の「健康経営優良法人2022」(2021 年度)では大規模法人部門2,299法人、中小規模法人部門12,255法人に達した(図表2)。両部門とも認定数はコロナ禍前の2019年度と比較すると大きく伸長している。
背景としては、働き方改革の進展による職場環境の改善や、新型コロナの感染拡大による健康意識の高まり、経営資本としての人材育成の重要性が認知されていることなどが挙げられる。
中小規模法人部門の内訳を見ると(図表3)、都道県別では上位に、企業数の多い大都市圏を擁する自治体が挙がる。2位の愛知県は、製造品出荷額が47都道府県トップの「ものづくり県」であり、基幹産業である自動車産業や鉄鋼業において、サプライチェーンや健保組合を通じた連携により、健康経営の取り組みが広がっている。
業種別では、1~3位を占める建設業、製造業、運輸業は日常的な安全衛生管理への取り組みが不可欠であり、健康経営優良法人認定取得へ向けた素地がある業種といえる。
6位の保険業や10位の社団法人・財団法人・商工会議所・商工会は、いずれも自ら取得するだけではなく、他企業の認定取得を支援する立場でもある。大手生損保は、顧客サービスの一端として積極的に健康経営サポートを展開している。本号で実施した企業アンケートにおいても、認定申請にあたり支援を受けた外部サポートとして保険会社(代理店)を挙げる企業が多く見られており、企業の身近な存在として、健康経営普及の一端を担っている。
次に、代表者年齢を見る。中小規模法人部門の12,255法人のうち、帝国データバンクの企業概要データベースCOSMOS2から代表年齢が判明する8,681法人と、収録法人全体(147万社)について比較した(図表4)。
認定法人の代表者平均年齢は56.9歳で、法人全体の60.3歳よりやや若かった。
40~60代計の構成比は認定法人では84.1%となり、法人全体(同71.6%)を12.5 ポイント上回った。特に40代および50代では、それぞれ5.4ポイント、上回っており、積極的に健康経営に取り組んでいる状況がうかがえる。
今後、中小企業へ健康経営を広げるためには、この世代の経営者へのアプローチが鍵となる可能性がある。
健康経営の広がりともに、健康維持・増進に働きかけるヘルスケア産業の裾野も広がっている。
今号掲載のアンケートにおいても、「自社独自の取り組み」として様々な声があがった(図表5)。その中で注目されるのが、デジタルツールの活用である。健康管理アプリを通じて歩数や食事、体重、睡眠などを見える化でき、健康増進の効果を実感する企業が目立ち、今後取り組みを予定する企業も3割を超えた。
現在、個人の生活状態や生活習慣、ニーズに応じた予防・健康づくりのため、検診情報やライフログデータなどのPHR(パーソナルヘルスレコード)の利活用の検討が官民で進められていることに加え、リモートワークの浸透やコロナ禍による集合研修の抑制もあり、デジタルツールの役割は今後高まっていくことが予想される。
メンタルヘルス分野においても、2022 年9 月に、MA&AD インシュアランスグループホールディングスが、インテレクト(シンガポール)と業務提携し、同社が20カ国で展開する企業向けメンタルヘルスケアプラットフォームの国内での展開を目指しており、自分で健康管理をできるような環境整備が今後進むことが期待される。
健康経営は、健康経営優良法人の認定取得がゴールではなく、持続的に成果に結び付けなければ意味がない。そのためには、安全で健康的な職場環境はもちろん、健康づくりが従業員のウェル・ビーイング(身体的、社会的に快適・健康・幸せであると感じている状態)や企業の存続発展につながっているか、PDCAサイクルを回して取り組んでいくことが重要となってくる。
2022年度からは「ブライト500」の評価項目においても、「経営者・役員の関与の度合い」、および「PDCAに関する取り組み状況」が追加された。
こうした取り組みにより年齢や性別、体力を問わず健康プログラムへの参加を通じた「健康指標の改善」と、社員の活力や組織に対するコミットメント向上による「経営関連指標の改善」の両方において健康経営の効果が発揮されることが期待される。