2021年4月に、全国47都道府県において、親族内承継を中心に支援してきた「事業承継ネットワーク」と、第三者への事業承継を支援してきた「事業引継ぎ支援センター」が統合し、総合的な支援拠点となる「事業承継・引継ぎ支援センター」が発足した。
その中で、東京都事業承継・引継ぎ支援センター(以下、東京センター)は、企業が集中する東京23区において、第三者への事業承継、すなわちM&Aを支援する機関として、相談の受付から、候補先企業や民間M&A仲介会社の紹介、実際のM&A実行サポートなど幅広く支援を行っている。
同センターの統括責任者である吉田亨氏に、近時のM&A動向や第三者承継を考える経営者に求められるポイントを聞いた。
2021年度の新規相談は1002件、コロナ禍の影響で2019年度、2020年度は減少したものの、コロナ前で最も多かった2018年(1100件)の水準に戻ったとみています。経営者は、ウィズコロナ、ポストコロナを前提に動きだしていると感じています。
東京センターは、相談件数の約6割が「買い」の相談と、買収ニーズが多いのが特徴です。その中には人手不足を買収によって解消したいというニーズもあります。
人気が高い業種は、有資格者が求められる電気工事や建築施工関係。また、システム開発といった情報通信や介護、人材派遣も引き合いが多い業種です。特に、システム開発は、「売り」「買い」のニーズがともに高い業種です。日本でシステム開発が本格化した1980年代後半から90年代に、40歳台で独立創業した経営者が70歳台となり、譲渡相談が増えています。システム開発は専門性が高いため、従業員承継を志向される経営者も多いのが特徴です。
ほかには、自動車部品や電子部品、鉄鋼などの卸売業界に、高齢の経営者が多く、譲渡相談も多いですね。
譲渡相談にみえる企業の約8割が年商3億円以下で、近年、小規模化しています。M&A仲介業界の活発化で、ある程度の規模の企業までは、民間仲介業者へ直接相談されていることが増えているのかもしれません。
相談者の高齢化も進んでいます。2020年度は総相談件数のうち80代経営者は3%台でしたが、2021年度は5%近くに上昇し、足元では増えている印象です。コロナ禍で活動を自粛していた高齢の経営者が事業承継に向けて動き出したとみています。
民間プラットフォームとの連携効果です。東京センターは、2021年度からトランビ、ビズリーチ・サクシード(現:M&Aサクシード)、バトンズの3社との連携を開始しています。
2021年10月には民間プラットフォームを活用した成約第1号が成立しました。長野県の企業が、東京都内の介護センサー開発・製造企業を買収した事例です。
成約件数としてはまだ多くありませんが、これから急激に増える可能性があると考えています。2021年度は、中小企業M&Aのマッチングという点で、転換点といえます。
民間プラットフォームのデータ量と発信力です。会員登録すると、数日に一度、定期的に「本日の新規案件」といった紹介メールが届きます。情報提供の量、質、頻度が違います。
「買い」ニーズの企業には、自分の眼で探して確認して買いたいという経営者は多い。民間プラットフォームではそれができるようになり、M&Aのマーケットが大きく変わってきています。
ハードルは確実に低くなっています。東京センターは、民間プラットフォームは競合先ではなく、連携することで経営者にとって新しい選択肢を提案できる場と考えています。
先述のように、東京センターに相談にみえる企業は小規模化しており、仲介手数料負担の問題から、民間のM&A仲介会社への紹介が難しいケースが出てきています。そうしたケースでも、民間プラットフォームを介して買収先を探すマッチングを試みることができます。特に、会社(株式)譲渡ではなく、事業譲渡おいて民間プラットフォームの活用は有効です。M&Aを経験し会社を成長させた経験のある経営者は、こうしたプラットフォームを頻繁にチェックしており、関心のある案件にはすぐに反応してこられます。
マッチング後に譲渡側の経営者が交渉を進める過程で、契約書類の問題や交渉の進め方について東京センターに相談にみえるケースもあります。
M&Aにおける相談ニーズが多様化する中、東京センターもそれらへの対応力を強化しており、民間プラットフォームとの間で、良い連携関係ができつつあるといえます。
最近の連携事例では、2022年7月に、海外メディアに日本企業の広告をつなぐビジネスを展開している企業の譲渡が成立しました。
経営者が高齢となり譲渡先を探しておられましたが、ニッチなビジネスのため、当初は譲渡先が見つかるか懸念しましたが、民間プラットフォームに掲載したところ、約1年で成約に至りました。買収企業が海外向けビジネスを展開しており、その経営者の積極性が成立につながったケースです。
人間が介在すると、どうしても同業や類似の業種を紹介しようという発想になりがちです。しかし、民間プラットフォームでは人間の発想を超えて、地域や業種にかかわらずダイレクトに売り手と買い手がつながることができ、マッチングの可能性がより広がっていると実感しています。
オンライン会議ツールの普及も追い風です。オンライン面談ができるようになったことで、遠隔地の経営者とコミュニケーションが容易になっています。オンライン面談で交渉を進めて、東京のデイケア施設を静岡の会社が買収した事例があります。
従来のM&Aでは、人間が介在し、経営者のニーズを汲み取ったきめ細やかなサポートが特徴でした。これはこれで必要ですが、今後はプラットフォームを活用したマッチングによるマーケットが拡大していくでしょう。
特に、民間の仲介会社の関与が手数料負担の観点で難しい小規模案件での成約が期待されます。最終的にクロージングに持っていくには人間のサポートが必要となるケースもあると思いますが、人的サポートが必要になった段階で、各地の事業承継・引継ぎ支援センターや士業専門家の力を活用すればよいのだと思います。
不動産の物件探しでも、不動産会社のカウンターに行って相談する方法もあれば、インターネットの物件紹介で自らどんどん物件を探すこともできます。M&Aにおいてもそうした探し方ができる時代が到来しつつあると思います。
大きく二つ挙げられます。まず借入金の問題です。株式譲渡で会社として引き継ぐ場合、多額の借入金があると、買収側によほどの体力がない限り、阻害要因となります。
二つ目は株式の問題。株式が分散しているとその対応に非常に時間と手間を要します。やはりある程度、代表に集約されている状態が望ましい。できれば、代表に一元化しておくこと。これは非常に大事です。
会社の全体像がわかりにくくなっているケースです。複雑な資本構成で子会社をもつなど、税理士と相談したうえで対応されているのでしょうが、分かり易さという点では気になります。
事業承継や交渉事という観点からすると、会社の内容はわかりやすい形にしておくことが望ましい。買収側にとって、透明度が高い会社であることは大事です。
そこがクリアでないと、後になってPMI(M&A後の統合プロセス、Post Merger Integration)でも影響がでてくることもあるかと思います。
M&Aは長期にわたる交渉事であり、適切なタイミングで決断をすることが求められます。そのためには、経営者にも相応の体力も必要です。残念ながら、交渉中に体調を崩して譲渡を断念し、廃業するケースもありました。
高齢の経営者では、民間のM&A仲介会社と仲介契約書にサインした後に、心配になって契約内容について東京センターに相談に見える方もおられます。そこで手数料や譲渡価格の定義、専任契約と一般契約の違い、といったポイントとなる点についてアドバイスもしています。
気力、体力が十分にあるうちに、事業承継に取り組む事は大事だと思います。
中小企業では、創業者が長年トップを務めているケースも多く、事業承継のタイミングや手法も経営者自身で判断する必要があります。しかし、会社や事業に対する思いが強いだけにかえって判断がおくれることもある。組織として動き、株主など外部からのチェックや外圧が入る大企業や上場企業とは、そこが大きく違います。
長年、会社のことだけを考えて走り続けてきた中小企業の経営者にとって、自分が退いた後の、先のことを考える機会や余裕を持つことはなかなか難しい面があるのも事実ではないでしょうか。
最近は、セミナーや外部の様々な情報が、経営者が事業承継に向けた第一歩を踏み出すきっかけとなっています。M&A仲介会社のダイレクトメール(DM)もそうした啓蒙に一役買っているのではないでしょうか。DMを見て、「こういう方法があるのか」と、東京センターに相談にみえる経営者もおられます。
病気や体力低下は誰にでもやってきます。「早めの着手を」と勧めるのは、会社に借入金や株式分散の問題があったとしても、時間をかけると解決できる部分もあるためです。高齢の経営者なら、なおさら早く動いたほうがいいと思います。
企業価値の算定は、非常に難しいポイントです。企業価値の算定には様々な手法がありますが、中小企業の場合決定的な算定方法はありません。
東京センターが発行するハンドブックにおいて、「時価純資産+のれん代」という事例(19ページ)を紹介していますが、中小企業の場合は、買う側が何を評価するかによって企業価値が変わってきます。社員の能力、販売ルートや取引先など、金額で表せない部分が評価されることは珍しくありません。
そうした見えない部分の価値算定というのは難しいポイントです。企業価値算定については、東京センターでは基本的な考え方を説明していますが、具体的にはその後の進捗過程・交渉過程で、算出されていくことになります。
最近の傾向として、買収側は社員を非常に大切にされます。M&Aが人材確保を重要な手段とされるようになってきており、そこが買収価格に反映されるのでしょう。
まずは、「構えず、気軽に」相談にいらしてください。相談するだけでもお金がかかると思っている方おられるかもしれませんが、公的支援窓口である東京センターは無料で相談できるのがメリットです。
まず、大事な点として、第三者から見て経営や財務内容の透明度が高く、内容がわかりやすい会社であること。また、会社の強みという事が明らかにになっていることもプラスです。
そして、譲渡するにあたっては、経営者として何を一番大切にしたいかを明確にしておくことです。高齢の経営者は「自分がずっとやってきた事業だから取引先に迷惑をかけたくない」とおっしゃる方が非常に多い。次に「社員の雇用を維持したい」。最後に「自分の退職後の資金が確保できれば」という順番です。
取引先に迷惑をかけたくないということであれば、譲渡先として全くの第三者を探すのではなく、取引先に譲渡するというのも選択肢のひとつでしょう。自分の知っている会社、同業者と合併するという選択肢もあります。
何を優先したいのかで、相手先の選択や交渉のポイントが変わってきます。
相談前に優先順位が決まっていなくとも、話しをしていくうちに何を大切にしたいかは、次第に整理されてきます。まずは相談してみること、「最初の一歩」を踏み出すことだと思います。
【譲渡側としてのポイント】
出典:事業引継ぎ・M&Aハンドブック(東京都事業承継・引継ぎ支援センター)