2022年に入ってもコロナ禍は収束に至らず、3年目を迎えた。さらに2月にはロシアによるウクライナ侵攻が発生。ロシアに対する経済制裁や両国が産出する資源・穀物・エネルギーの供給停滞などにより、世界経済は混迷の度合いを増している。
これまでにもバブル崩壊、阪神淡路大震災、リーマンショック、東日本大震災など、国内の企業の存続基盤を揺るがす幾多の出来事が発生してきた。しかし、現在のように国、業種、企業規模を問わず広範な企業が打撃を受けることは久しくなかった。
そのような中注目されるのが、幾多の戦乱や災害、疫病の流行を乗り越えてきた、長寿企業の存在だ。そこで本章では業歴100年を超える「100年経営企業」にスポットを当て、その特徴や動向について述べる。第1節では、帝国データバンク保有データの中から業歴100年を超える企業を抽出し、その全体像を見てみる。
日本は、世界有数の長寿企業大国である。
帝国データバンクが保有する企業概要データベース「COSMOS2」において、業種が「公務」であるものを除いた企業・団体数は146万1,265件。そのうち創業・設立年が判明している企業は146万413社で、かつ業歴が100年を超えるものは3 万7,550 件(構成比2.6%)だった(図表1)。以下、これらを「100年経営企業」と呼ぶ。
日本は、こうした長寿企業の数が他国と比べて突出している。日経BPコンサルティング(東京都港区)が2020年3月に発表した「世界の長寿企業ランキング」によると、世界の業歴100年以上の企業の約4割を、日本企業が占めるという。
「COSMOS2」の中には、創業が古いと伝えられているものの、正確な年が特定できず創業年が空欄の企業や、事業やブランドは綿々と受け継がれているものの、実際には経営が新設の受け皿会社に引き継がれている企業も多い。こうしたものも含めれば、100年を超えて営まれている事業の数はさらに増える。日本はまさに「長寿企業大国」と言える。
なぜ日本には100年経営企業が多いのか。
第1の理由として、国土が荒廃するような大きな戦禍がなかったことが挙げられる。第二次世界大戦末期を除けば外国から本格的に国土が攻撃されたことがなく、江戸時代が「天下泰平」と形容されたように内戦も少なかった。
第2の理由としては、日本特有の「家」制度が挙げられる。
日本の「家」制度は単なる血縁関係ではなく、外部人材も柔軟に取り込んでいく共同体であった。最優先されるのは血筋の維持ではなく「家」の存続であり、100年経営企業の多くが、「婿」、「養子」といった形で外部の人材を取り込みながら家業を続けている。実際に婿や養子の経営者が中興の祖となった長寿企業も少なくない。こうした制度が、長く続くファミリービジネスを生み出した。
第3の理由としては、短期的な利益追求よりも長期的利益と事業の永続が重視される、日本的な経営風土が挙げられる。
欧米では資本効率が重視され、伝統ある企業が合併や買収で姿を消すことも多い。一方「日本的経営」では、企業が家族のような共同体として捉えられ、長く続く老舗が尊ばれる傾向がある。
これらの要因の相乗効果が、「長寿企業大国ニッポン」につながっていると考えられる。
100年経営企業はどのような業種に多いのか。企業数と、その業種内における100年経営企業の比率(以下、100年経営企業比率)を業種別に見てみる。
目に付くのは、「衣・食・住」に関連する企業である。①生活に密着しており需要が安定している、②技術革新のスピードが緩やか、といった点が、業歴の長さにつながっていると考えられる。
100年経営企業の数が多く、またその比率も高いのは、「飲食料品・飼料製造業」(3,616 社、16.6%)である(図表2)。とくに食料品は、生きていくうえで不可欠なものであることからその製造が早い段階で生業として成立し、またそれが永続することで「伝統的な老舗の味」が付加価値になっていったことなどが、100年経営企業の多さにつながっている。
さらに細かい業種細分類で見ると、「清酒製造」(816社、78.3%)における100年経営企業比率の高さが際立つ(図表3)。加工食品の中でも清酒の起源は古く、平安時代にはすでに現在の酒造りの原型が出来上がっていたと言われる。以降、多くの土地で地場産業として発展したことにより、長寿企業が集中する業種となった。
同じく発酵・醸造食品である「しょうゆ等製造」(256 社、59.7%)や「味そ製造」(146 社、51.0%)は、日本の食文化の土台を支える存在である。そのため絶対数こそ少ないものの、100年経営企業比率は清酒に次ぐ高さとなっている。
清酒ほどではないが、「蒸留酒・混成酒製造」(144社、47.5%)における100年経営企業比率も高い。その中核を成すのは、焼酎・泡盛などのメーカーである。
100年経営企業の絶対数が飛びぬけて多いのが「建設業」(4,341社、1.0%)である(図表2)。新規設立が盛んで母数が多い(COSMOS2 約146 万社中約41万社を占める)ことから、100年経営企業の比率は低いが、近代以前に「大工」として創業した企業が多数存続している。
スーパーゼネコンと呼ばれる竹中工務店(1610年創業)、清水建設(1804 年創業)、鹿島建設(1804年創業)、大成建設(1873年創業)、大林組(1892年創業)はいずれも100年経営企業で、中でも宮大工を祖業とする竹中工務店は、業歴412年を数える超長寿企業だ。
なお、世界最古の企業と言われるのが、やはり宮大工を祖業とする、西暦578年創業の金剛組(大阪市天王寺区)。しかし同社は寺社仏閣からの受注減少により経営不振となり、髙松建設(現:髙松コンストラクショングループ)が設立した受け皿会社に営業を譲渡している。
現在の新・金剛組は2005年設立のため、本集計には含まれていない。
業種細分類別に見た場合に100年経営企業の数が最も多かったのは「貸事務所業」(1,093社、4.5%)であった(図表3)。
「貸事務所」は、高度経済成長期以降に増えた、比較的新しい業種である。これらの企業はもともとは他の業種を営んでおり、保有不動産を活用するために開始した事業が、いつしか本業になったものと考えられる。
100年経営企業の本店所在地を都道府県別に見ると、図表4のようになる。
数の面では「東京都」(3,842社)、「大阪府」(2,222社)、愛知県(2,002社)の3大都市圏が上位となる。しかし、母集団となる所在企業数自体の多さから、100年経営企業比率はそれぞれ1.9%、2.1%、2.7%にとどまり、東京、大阪は国内全体の2.6%を下回る。
一方、所在企業に占める100年経営企業の比率が最も高い都道府県は、「京都府」(5.2%、1,561社)であった。
京都は平安時代以降、長らく日本の中心地であり、宗教施設や伝統工芸に関連する長寿企業が多い。また太平洋戦争時における空襲被害が他の大都市に比べて少なかったことも、それらの存続につながった。京都の代表的繁華街である祇園や清水焼の窯元の集積がある京都市東山区は、全国で100年経営企業比率が最も高い市区町村である(図表5、※1)。
京都に次いで100年経営企業比率が高かったのは、「山形県」(5.0%、838 社)、「新潟県」(4.9%、1,527社)、「福井県」(4.5%、643 社)であった。
これらの地域は江戸時代から、北前船の寄港地として栄えた。新潟県は燕・三条地域の金物、中越地域の繊維産業など、古くから地場産業が盛ん。織物や桐箪笥などで知られる新潟県加茂市は、市区町村別の100年経営企業比率2位となっている(図表5、※1)。福井県は漆器、和紙などが伝統工芸品として知られる。
京都、山形、新潟はいわゆる「酒どころ」として、歴史ある酒蔵が集積している。そのことも、100年経営企業比率の高さにつながっている。
※1 市区町村別の100年経営企業比率は、母数となる企業が100社以上ある市区町村を対象に算出
100年経営企業の代表者の年代は「60 代」(9,943 社、31.8%)が最も多く、その構成比は全体の27.2%をやや上回った(図表6)。
50代以下の代表者の構成比は、企業全体における構成比が100年経営企業のそれを上回る。しかし、60代以上になるとこれが逆転し、100年経営企業に占める構成比のほうが高くなる。100年経営企業の代表者のほうが、企業全体に比べてやや高齢化が進んでいる。
現代表者の就任経緯を見ると、100年経営企業においては「同族承継」が圧倒的に多く、75.7%(20,392社)を占めている。これは、企業全体における同族承継の比率34.5%に比べ、倍以上の数値となっている(図表7)。
なお、100年経営企業において「創業者」が2.1%あるが、これは、個人事業が法人化された際の経営者が「創業者」扱いとなっている企業が、一部存在することによる。
100年経営企業の後継者有無を見てみると、「後継者あり」が47.4%(10,944 社)、「なし」が51.0%(11,775 社)、「未詳」が1.7%(388 社)となっている(図表8)。
業種別に見ると、「金融」における後継者決定率が69.4%と10業種中もっとも高いが、その多くは銀行・信用金庫や大手企業グループの純粋持ち株会社である。それを除けばどの業界も、後継者がいる企業とまだいない企業の比率はほぼ半々であった(※2)。
帝国データバンクの「全国企業後継者不在率動向調査」によると、2021年の企業の後継者不在率は61.5%であった。これに比べると、100年経営企業の後継者不在率は10.5ポイント低い。しかし、同族経営が多い100年経営企業において、後継者問題は今後の事業継続における最大のポイントであり、過半数の企業が後継者不在であるのは懸念される点である。
※2 なお、業種「その他」の後継者ありの比率が74.1%と高いが、ここには宗教団体、非営利団体、同業団体などの特殊法人が含まれる。
100年経営企業の売上高規模別の分布を見てみると、「1億円未満」が45.2%(16,976 社)、「1 億円~5 億円未満」が27.9%(10,487 社)となっている(図表9)。合わせると7割以上が売上高5億円未満の企業で構成されており、規模は小さいながらも脈々と事業を継続してきた企業が、日本には数多くあることがわかる。
これら100年経営企業の直近期の業績を見ると、「増収」の企業は18.5%(6,922 社)、「横ばい」は27.0%(10,111 社)、「減収」は54.5%(20,411 社)であった(図表10)。
また損益面でも、減益もしくは赤字の企業が53.3%(7,679社)となっており、売上高、利益の双方で、過半数の企業が苦戦している(※3)。
これには当然、コロナ禍も影響している。とくにホテル・旅館業が受けた打撃は大きく、2020年以降、老舗旅館の廃業が相次いでいる。
好不況の波が小さいと言われる飲食料品関連でも、業務用のウェイトが大きい企業や贈答品・土産物需要の大きい老舗は、厳しい状況に陥った。
こうしたコロナ禍の影響を別にしても、社会構造や消費嗜好の変化により、取り巻く環境の厳しさが増している100年経営企業は少なくない。
呉服店から形を変えながら発展してきた百貨店は、構造的な不況に陥って久しい。同じく呉服店の系譜にある繊維製品・服飾品小売業も、SPAやファストファッションといった新しい業態との競争に直面している。家具類は、生活様式の洋風化により伝統的な和家具の需要が減少。神棚や仏壇を置く家庭も少なくなった。
100年経営企業の代表格とも言える「清酒製造」も、洋酒を含めた酒類のバリエーション増加や消費者の嗜好変化、近代化過程における小規模な酒蔵の淘汰、杜氏を始めとする職人的技能者の減少などにより、その数は減少している。
長寿企業を抱える伝統産業の多くが、市場縮小や職人の減少、後継者難といった問題を抱えているのが現状である。
幾多の荒波を乗り越えてきた100年経営企業にも、近年の急激な環境変化により新たな試練が訪れている。そのような中で未来を見据える企業はどのような取り組みをしているのか。次の記事では、100年経営企業に対するアンケート調査の結果を紹介する。
※3 最新期と1期前の業績比較が可能な企業のみ対象