2019年4月に多様な人材の確保・活躍推進、生産性向上に向けた取り組みのために働き方改革関連法および改正出入国管理法が施行され、「働き方改革」取り組みへの気運が高まった。
しかし、施行から1年たたない内に、新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の流行が世界規模で発生。国内のみならず、部品調達先の国や地域でも感染が拡大、生産・物流が滞り、多くの業界が影響を受けた。企業は新型コロナによって、生産体制や物流体制のあり方に加え、調達先企業の見直しや自社の従業員の働き方の変革を突き付けられた。
こうした中、出張抑制やリモート勤務・会議への切り替えだけではなく、一部の企業では本社機能の恒久的な地方への移転や、従来の出社や転勤ありきの勤務体系の改定など、働き方改革への取り組みが加速した。ここでは、新型コロナの影響が続く中での働き方改革の課題を探る。
帝国データバンク(以下TDB)では「新型コロナウイルス感染症に対する企業の意識調査」を2020年2月から毎月実施し、新型コロナが企業業績に与える影響を時系列で追っている(図表1)。
最新の最新の2021年9月調査では、新型コロナが自社の業績に対し「マイナスの影響がある」と見込む企業は72.1%と、1年前の2020年9月調査時(80.6%)に比べ8.5ポイント改善している。しかし、依然、約7割強の企業が厳しい経営環境にあり、2021年に入っての推移をみても大きく改善しているとはいえない状況にある。
業種別にみると、「マイナスの影響がある」で回答の多かった業種トップは「旅館・ホテル」(95.8%、前年2位・91.1%)、次いで「飲食店」(92.9%)と続き、この2業種が9割台となった(図表2)。以下、「広告関連」(89.3%)、「繊維・繊維製品・服飾品卸売」(88.9%)、「繊維・繊維製品・服飾品小売」(86.8%)と、新型コロナの感染拡大を抑制するための緊急事態宣言などによる外出自粛の影響から社会経済活動が停滞し、人流抑制策の影響を色濃く受けた業種が上位にあがった。
一方で、「プラスの影響がある」を業種別にみると、在宅勤務の増加や外出自粛で“ おうち時間” が増えたことにより、動画配信業を含む「放送」、在宅学習の機会が増加した「教育サービス」、スーパーマーケットなどの「飲食料品小売」や「各種商品小売」などが上位にあがった。
一部に業績が好調企業はあれど、全体の約7割前後がマイナスの影響を受けていることから、全体として雇用環境は悪化している。
2021年度上半期(2021年4~9月計)の倒産は、持続化給付金などの各種救済措置により倒産件数が前年同期比25.7%減の2,938件となり、1966年度以来55年ぶりの3,000件割れ。負債総額は同3.8%減の5,784億7,000万円と2年ぶりに前年同期比で減少、件数、負債総額ともに減少した。
しかし、TDB が2020年2月から集計を開始している「新型コロナウイルス関連倒産(法人および個人事業主)」(以下、新型コロナ関連倒産)は、2021年9月末時点(2021年10月8日16時判明分)で全国累計2,165件判明している。2021年に入っても前年を上回る水準で推移しており、2021年度上半期に発生した新型コロナ関連倒産は914件、前年同期比1.7倍となった。全倒産件数が減少する中で、新型コロナ関連倒産が占める割合は、2020年度上半期の13.5%から2021年度上半期には31.1%に高まり、約3社に1社が新型コロナ関連倒産となっている(図表3)。
他方、人手不足を主要因とする「人手不足倒産」を見ると、2020年度 は前年度比38.1%減の120件、負債総額が同38.1%減の218億9,800万円と、新型コロナ前の2019年度から約4割減となっている。直近2021年度上半期は、件数が前年同期比24.6% 減の49件、負債総額が同13.2%減の95億2,500万円と減少幅は前年同期より小幅となったものの、減少基調に変化はない(図表4)。
人手不足倒産の減少は裏を返せば、「業績に『マイナス』の影響がある業界」は、「従業員数が過剰となっている業界」であり、こうした業種の経営環境が、長期化した自粛の影響から新型コロナ前の水準に回復するかは、今後の感染収束次第となる。
一方、「業績に『プラス』の影響がある業界」は図表2で先述したように“ おうち時間” の増加による需要を取り込んだ業種であり、「従業員数の維持・増加が期待できる業界」と言える。
働き方改革取り組みへの“ものさし” のひとつとなる在宅勤務(テレワーク)の導入状況をみると、企業規模で差異が鮮明に表れている。
東京都産業労働局が都内企業に毎月実施している「都内企業のテレワーク実施状況」(2021年9月調査)では、都内企業(従業員30人以上)のテレワーク実施率は63.9%、2020年3月の調査開始以来で最高となった前月(65.0%)からは減少したが高水準を維持している。ただし、従業員規模別実施率では、「300 人以上」(90.0%)、「100~299 人」(72.4%)、「30~99人」(53.2%)と、従業員規模の階層が小さくなるほど実施率は低く、規模間格差が生じている。
またTDB が全国1万社以上から回答を得た「働き方改革に対する企業の意識調査」(2021年9月調査)における「在宅勤務の導入」状況についての回答でも同様の結果となっており、小規模企業にいたっては、在宅勤務について「今後も取り組む予定はない」と回答した企業は66.9%と3社に2社に達した(図表5)。
新型コロナを契機にして、働き方改革への取り組みが進んでいるとはいえ、まだまだ大手企業中心なのが実情だ。
大手企業の中では、思い切った働き方改革を打ち出す企業もある。
日本電信電話(NTT)は、2021年9月に、2022年度から社員はリモートワークを基本とし、転勤や単身赴任を原則、廃止する方針であることを打ち出した。
企業規模により働き方改革への取り組み度合いには差はあるが、こうした大手企業の変革が関連会社や取引先へと普及すれば、働き方改革へのうねりは大手から中堅、中小へと波及し、時間差はあれども全体として改革が進むことが期待される。
働き方改革を進めるにあたって別の課題もある。経営トップである社長の高齢化だ。
TDB の「全国社長年齢分析」(2021年2月発表)では、2020年の社長平均年齢は60.1歳。調査を開始した1990年以降初めて60歳を上回った。
社長の年代別割合は「60 代」が構成比27.3%と最多で、約4社に1社の経営決定権者が60代社長ということだ。構成比の多い60代社長の生まれ年は、おおよそ1950年から60年の高度成長期にさしかかった時期、またこの年齢階層が社会人になったのは、1970年から1980年であり、第1次オイルショックによる社会経済活動の混乱を経験した世代である。厳しい経営環境のなかで、コストを削減しつつ売上拡大のために奔走し、社会人としての経験値を積んで1980年代のバブル経済へと突入し、後の崩壊までを経験するなど、経済の紆余曲折を経験した世代。昭和世代の働き方で成功体験を得た世代は、休暇の積極的な取得やワークライフバランスなどに取り組みにくい傾向がある。
また高齢社長ほど、IT リテラシー不足などから、働き方改革への取り組みに支障がでている可能性もある。
新型コロナにより、企業・従業員ともに、新しい生活様式への理解と順応を余儀なくされ、在宅勤務への対応のためにデジタル化への取り組みは進んだ。
新型コロナの感染流行から1年半が経過、その間ワクチン接種の広がりや、感染者数の推移、医療状況などから判断し、政府は2021年10月1日に緊急事態宣言を解除した。
これにより、これまで営業時間短縮や都道府県をまたぐ移動制限により影響を受けていた飲食業や観光サービス業、テーマパークやコンサートなどレジャー分野は新型コロナ前の営業体制に戻りつつあり、徐々に需要回復が期待できる状況にある。
今回の新型コロナの流行により、この1年半、世界経済は減速・停滞を余儀なくされた。国内外では、ワクチン接種の進展により、感染者数は落ち着きを見せつつある。しかし、新たな変異株の流行により、楽観はできない状況が当面は続くと考えられる。
社会経済活動再開への動きは世界的に本格化しており、社会経済活動の正常化が進めば、雇用環境も改善していこう。その際に、働き方改革への取り組みが進んでいない旧態依然とした企業は、優秀な人材からは見放されることになるだろう。
次の記事では、働き方推進を支援する側へのインタビューとして「東京都 産業労働局雇用就業部」に働き方改革推進を目指すためのポイントや課題解決方法、サポート施策を聞いた。
続いて、店舗機器の買い取り販売で成長を遂げた「テンポスホールディングス」に、成長過程と並行して進めてきた働き方改革への取り組みについて聞いた。
また、2021年9月に実施した「働き方改革に対する企業の意識調査」の集計結果も掲載する。同アンケートは、新型コロナによって「働き方改革」への取り組みの変化などについて尋ねている。
こうした働き方改革に関する支援側の動きや、企業の取り組み状況、アンケート結果などから、貴社の働き方改革への今後の取り組みの参考としていただきたい。