新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の世界的な拡大により、様々な社会・経済問題が顕在化し、経営リスクとして想定し備えるべき対象が広がっている。自然災害など既存のBCP(事業継続計画)の想定を超え、事業継続に対する課題が浮上し、企業規模や業種を問わず取り組みが求められている。本稿では、BCP をめぐる動向や企業経営にとって多面的なリスクの浮上、支援機関による取り組みのポイント、BCP 策定動向に関するアンケート調査の結果などをレポートする。
事業継続計画(以下、BCP)とは、企業が緊急事態に遭遇した場合に事業資産の損害を最小限にとどめ、中核事業を継続、あるいは早期復旧を可能とするため、平時に行うべき活動や緊急時の対応方法などを取り決めておく計画のことである。
BCP 策定までの基本的な流れは以下の4工程が挙げられる。
事業にどのようなリスクが潜んでいるのかを探るため、想定されるリスクを洗いだす
中核事業や重要業務に対してリスクの影響度と発生確率を想定し、対処するべきリスクの優先順位をつける
洗いだした各種リスクに対して、事前対策など適切な対応を決める
リスク対応について、定期的に訓練・確認・見直しを行い、不備については改善を行う
自然災害の多い日本では、従来、BCP は自然災害への備えと意識されてきた側面が強い。
2011年の東日本大震災や、2016年の熊本地震をはじめ、近年、自然災害が激甚化、頻発化していることもあり、BCP に関心を持つ企業の中では、依然として、事業継続のリスクとして自然災害に関する関心が最も高い。(BCP 策定動向に関するアンケート調査・分析参照)
とりわけ、関東から九州の広い範囲で強い揺れと高い津波の発生が予想される「南海トラフ地震」と、首都中枢機能への影響が懸念される「首都直下型地震」は、今後30年以内に発生する確率が70%と予測されており、広範囲での備えが求められている。
帝国データバンクが毎年行っているBCP に対する企業の意識調査においても、BCP策定企業の比率は増加傾向にあり、2021年は大企業で32.0%、中小企業で14.7%となっている(図表1)。
ただし、大企業に比べて、中小企業は人手やノウハウの問題から取り組みが遅れがちであるのは事実。そのため、経済産業省は、BCP促進策として、2019年7月より「事業継続力強化計画」の認定制度を開始している。同制度は、中小企業の自然災害等に対する事前対策(防災・減災対策)を促進するため、中小企業強靱化法に基づき国(経済産業大臣)が計画を認定する制度である。認定を受けた企業は、税制措置や金融支援、補助金の加点などの支援策が受けられるメリットがある。2020年10月からは感染症対策も対象となっており、認定件数は、2021年3月末時点で、2万5,627件にのぼる。
2021年2月までの認定取得企業を業界別にみると「製造業その他」が64.2%を占め、次いでサービス業25.3%、小売業5.6%、卸売業4.0%と続く(図表2)。
製造業が多い背景として、サプライチェーンにおいて供給責任を意識し、事業継続への関心が高い点が挙げられるだろう。
このほか、業界別の動向をみると、2021年度の介護報酬改定において、全ての介護サービス事業者に、BCP 策定が義務化された。年の豪雨災害で介護施設が深刻な被害に遭ったほか、新型コロナの感染拡大でクラスター発生が相次いでいるが、非常時においても社会に不可欠なサービスとして、安定的かつ継続的に提供されることが要請される。厚生労働省は、BCP 策定に向けてサービス業態別の研修動画を公開するなど、策定を推進する。しかし、サービス業は従来深刻な人手不足の業界でもあり、相応の準備が必要なことを踏まえ、3年間の経過措置が設けられ、完全義務化は2024年度からとなっている。
新型コロナを契機として、自然災害以外にも各種の経営リスクが改めて注目されている。代表的なリスクを見ていこう。
まず、新型コロナの感染拡大で改めて顕在化したのが、サプライチェーンリスクである。
日本国内でのサプライチェーンへの取り組みに対するリスク意識が高まる転機となったのは、2011年の東日本大震災。自動車や情報通信機器の有力部品メーカーや半導体メーカーが被災し、主要企業の生産機能が停止する事態となった。それを契機として、サプライチェーンの可視化が進められた。
その後、経済のグローバル化が加速するなかで発生したのが、新型コロナによる世界規模でのサプライチェーン分断である。
世界規模での人やモノの移動が常態化している今、感染症がいったん発生すると、その影響は地域や業界といった局所的にとどまらず、またたく間に世界的規模で拡大する。感染拡大過程で医療用マスクや医療用ガウンなど医療物資の需給逼迫が露呈したほか、様々な物資・製品の供給が停滞。自動車や産業機械分野では各地で生産調整を余儀なくされた。
国内の一次調達先だけではなく、その先、さらに先の取引先までを確認し、対策を立てる必要があり、グローバルサプライチェーン全体を強靱化する重要性が認識されている。
新型コロナの影響が長期化する中で、サプライチェーンの一端を担う物流問題も深刻化している。国内では巣ごもり需要などで宅配便など消費者向けの需要が急伸。BtoB 分野でも運送業者の確保が困難な状況となっている。
国際物流では、航空貨物では旅客便の減少にともない航空運賃高騰などの影響が出ている。海運では、2020年後半から中国などが経済活動の回復基調を見せる一方、コンテナの不足や海外のロックダウン、港湾荷役作業員の不足などにより港での物資滞留が続いた。その影響で、部材が欠品し、生産ラインがストップした。自然災害や火災などによる、貨物への直接損害だけではなく、物流滞留による損害が発生するリスクが明らかになった。
物流は「経済活動の血流」と言われる。人口が減少するなかで、ドライバーの高齢化や過酷な労働条件、人手不足など問題が山積。働き方改革の一環として物流業界の「2024年問題」と呼ばれるドライバーの残業時間の上限規制も控える。物流の多頻度化・小口化が加速しており効率化が喫緊の課題だ。
物流業界は、従来荷主の立場が強い時代が続いてきたが、サプライチェーンにおける物流の重要性がより高まることで、その流れが変わる可能性がある。従来は荷主に合わせたサービスを提供することが求められていたが、今後はパレット標準化や横断的な共同配送など、サービス標準化による効率化が求められる。日用品や飲料やコンビニなど複数の業界で共同配送の実証実験の取り組みが進められており、業界横断展開への期待も高い。自動搬送ロボットやドローン、AI など新しい技術を活用したモビリティの実証実験も進んでおり、効率化・省人化などを進めることで、物流がサプライチェーンの重要なプラットフォームとして位置づけが高まってくる。
2020年12月の太平洋上でのONE APUSコンテナ流出事故や、2021年3月のスエズ運河でのEVER GIVEN座礁事故により、物流の遅延・停滞が発生したのは記憶に新しい。物流がグローバル化、複雑化する中で、強靱で持続可能な物流ネットワークの構築、企業内でのリスク把握と管理体制の統一化・共有化も、BCPにおける重要課題として位置づけられる。
自然災害や感染症対策といったリスクだけではなく、環境・エネルギー問題など多様な観点にアンテナを張ることが必要だ。産業構造においてグローバル化、デジタル化以外に大きく注目されているのが、サスティナビリティ(持続可能性)である。
とくに、環境・エネルギー問題では、2020年10月に菅総理が、日本において2050年までに温室効果ガス排出量を全体としてゼロとする「2050年までにカーボンニュートラルの実現」を目指すと宣言しており、目標達成のためには民間企業の参加が不可欠だ。金融市場での格付けや融資においても、SDGsやESG など、社会課題解決への取り組みが評価対象となっている。消費者市場においても環境問題への取り組み、グリーン評価が、企業評価軸のひとつとなっている。
このほか、香港での学生デモ、2021年のミャンマーのクーデター、中国のウイグル地区で生産される新疆綿を巡る問題など、人権・人道問題が経済活動に影響し、企業が対応を迫られる国際的な事件も相次いでいる。人権政策や国際情勢の動きをどう読んで対応するか企業経営にも求められる、複雑な時代となっている。
米中対立による経済安全保障問題が、熾烈化している。米国は、2020年10月に「重要・新興技術のための国家戦略」(技術国家戦略)を公表。通信、量子、AI など20分野を重要・新興技術(C & ET)に特定したのに続き、2021年2月には、「サプライチェーンに関する大統領令」を発出し、半導体・電池・レアアース・医薬品等の4分野において、安全保障上重要な戦略物資や技術について安定供給網の再構築を訴求し、中国との対抗姿勢を鮮明にしている。
日本では、経済産業省が2021年6月に安全保障貿易管理小委員会における「機微技術」(軍事転用可能な技術)に関する中間報告を公表。「米国のみならず欧州やアジア工業国は、戦略物資の生産基盤の囲い込みという、経済安全保障を前提とした新たな産業政策を、前例のない規模で推し進めている」と危機感を強める。その中には、インフラ情報や情報通信など幅広い分野も含まれる。企業もサプライチェーンの中で影響を受ける可能性がある。日本政府が、通信・IT、原子力など重要分野を担う主要企業に経済安保担当の役員の設置を要請する動きもあり、経済安全保障をめぐる動向は、経営リスクのひとつとして今後影響は高まっていくだろう。
多様なリスクに対応するためには、危機の内容にかかわらず残されたリソースでの事業継続を図る「オールハザード型」BCPが注目されている。発生原因ごとに対策を打つのではなく、非常事態の発生によって「結果として生じる事象」に着目する。人員、施設、システム、情報資産、サプライヤー、インフラ(電力、通信等)などのリソースがどうなるのかという結果について、優先すべき業務を明確にし、対策を打つことを提唱するBCPの考え方である。「ものづくり白書2021年版」(経産省・厚労省・文科省)や経団連が2021年2月に公表した提言「非常事態に対してレジリエントな経済社会の構築に向けて」では、この「オールハザード型」BCP の整備を進めることを提唱している。
企業単独で解決できない課題に対して、連携して解決に取り組む動きも加速している。新型コロナ対策として、2021年6月下旬から開始のワクチン職域接種で、北海道・ニセコや兵庫・有馬温泉などにおいて、観光業者が連携し早期の実施に取り組む。
事業継続力強化計画の認定制度においても、複数事業者の「連携体」に対する計画認定があり、同業者、異業種を問わない連携事例が各地で生まれている。
「不確実性」が高まっている変化の時代には、リスクに対するアンテナを敏感に張り、ビジョンとロードマップを明確にし、実現できることから素早く進めていくことが必要だ。
次記事以降では、「事業継続力強化計画」の策定支援に取り組む中小企業基盤整備機構へのインタビュー、およびBCP に関する全国企業アンケートの分析結果を掲載している。今後のBCPへの対応を検討する際活用いただければ幸いである。