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2020年1月16日、日本国内で初めて新型コロナウイルス感染症(COVID-19、以下、新型コロナ)の感染者が判明した。その後、世界中に感染が広がるなか、日本では4月7日に「緊急事態宣言」が発令され社会経済活動が実質的に停止状態となった。不安と緊張の2カ月を経て5月25日の宣言全面解除後は、感染拡大を防ぎながら社会経済活動を再建する新たな段階に入っている。

ここでは、新型コロナ問題で改めて重要性が意識される事業継続計画(BCP)、新型コロナにより影響を受けた観光分野において今取り組むべきポイント、BCPに対する企業の意識調査の結果などをレポートする。

■事業継続計画(BCP)とは

事業継続計画(BCP)とは、企業が自然災害など緊急事態に遭遇した場合に、事業資産の損害を最小限にとどめ、中核事業の継続あるいは早期復旧を可能とするため、平常時に行うべき活動や緊急時における事業継続のための方法、手段などを取り決めておく計画のことである。ここでの緊急事態とは、自然災害だけではなく火災やテロ行為、停電、システム停止、感染症など、さまざまな「危機」が想定され、重要な取引先の倒産なども含まれる。また、製造上のトラブルや従業員による情報流出、コンプライアンス違反など組織で発生する問題も該当する。

BCPの国際規格として、2012年にスタートしたISO22301(事業継続マネジメントシステム)があり、日本で認証取得をしているのは、94社・団体(2020年6月時点)で製造分野の大企業などが目立つ。

■日本におけるBCP策定推進への取り組み

地震や台風など自然災害の多い日本でも、事業継続の取り組みを促進するため、中央省庁や自治体、各種支援団体などが企業のBCP策定支援に取り組んでいる。

BCP策定の指針のひとつとして、内閣府(防災担当)が公表する「事業継続ガイドライン」(第三版)がある。同ガイドラインは、業種・業態や規模を問わないものとして2005年に第一版が出され、現在の第三版は2009年の新型インフルエンザ流行や2011年の東日本大震災を経て、2013年8月に改訂された。第三版では、直接的な被害対策だけではなく、サプライチェーンへの影響や平時からの取り組みや継続的な改善の重要性など「事業継続マネジメント」を意識した内容となっている。

中小企業向けとしては、経済産業省中小企業庁が「中小企業BCP策定運用指針」(第二版)を同庁のホームページ上で公開している。

「入門」「基本」「中級」「上級」と四つのコースがあり、指針に沿って作業をすると、BCPが完成する仕組みとなっている。このほか、東京商工会議所NPO事業継続推進機構なども、BCP策定の指針となるガイドやテンプレートをホームページ上で公開している。

■BCP策定は企業規模間で差

しかしながら、企業のBCP策定状況をみると、企業規模によって差があるのが実状だ。帝国データバンク(TDB)の「事業継続計画(BCP)に対する企業の意識調査」(2020年5月)においては、BCPへの意識の高まりは年々高くなりつつある傾向が見られるものの、大企業では30.8%が策定済である一方、中小企業では13.6%、うち小規模企業では7.9%にとどまる(図表1)。企業規模で大きく分かれるのは、BCP策定のためのノウハウや人材のリソース、また時間的にも余裕が乏しいことなどが、中小企業にとってハードルとなっていることが背景として指摘される。

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■認証・認定制度による、自然災害対策での事業継続策の促進

頻発する自然災害への対策では、対外的にもアピールできる認証・認定制度を活用し、事業継続の取り組みを促進する制度導入も進む。

2016年にスタートした内閣官房国土強靭化推進室が制定したガイドラインに基づく「レジリエンス認証制度」では、申請団体は、事業継続に関する取り組みについて外部有識者から成る認証審査委員会の審査を受ける。認証期間は2年間。2020年3月時点で、195の団体が認証を取得している。

また、2018年は、西日本豪雨や台風19号・21号、北海道胆振東部地震など、大規模な自然災害が相次いで発生したが、翌2019年には「中小企業強靱化法」が成立。同年7月よりスタートした「事業継続力強化計画認定制度」では、中小企業の防災・減災の事前対策に関する計画を経済産業大臣が認定する。認定を受けた企業は、低利融資や信用保証枠の拡大等の金融支援、防災・減災設備に対する税制優遇や補助金の加点などの支援策を活用できる。2020年5月末時点で、認定件数は8,600件にのぼる。

事業継続への取り組みの入り口を広げ、個別の企業の状況に応じ、対策可能なレベル範囲からの取り組みを促進することで、災害に備えた実効性のある取り組みを行う中小企業を増加させることを狙う。

■新型コロナで、BCP、感染症対策への関心高まる

こうしたなか、2020年に新型コロナ感染拡大により、BCPへの関心は一層高まっている。すでにBCP策定済の企業においても、従来は地震など自然災害対策に比重を置く企業が多かったが、感染症対策の重要性を改めて認識する契機となっている。

TDBの調査において、「現在BCP策定中だがコロナの影響を受けて、危機がより明確、具体的に意識できるようになり、より実践的な計画が組めるようになった」(北海道、製造)、「今までは南海トラフ地震のみを想定し台風や浸水はそれに準ずる方法でよいと考えていたが、今回の新型コロナにより、感染症対策についてもBCP策定が必要であると考える」(近畿、卸売)、といった声が上がっている。

感染症対策としては、2009年の新型インフルエンザ流行の経験を踏まえて、厚生労働省が「事業者・職場における新型インフルエンザ対策ガイドライン」を公表している。同ガイドラインでは、「事業継続計画策定の留意点」や「事業継続計画の発動」についての章は、感染症対策としてBCPの参考となろう。

■災害対策と感染症対策の違い

BCP策定においては、地震などの災害と、新型インフルエンザや新型コロナのような感染症では、事業継続方針や影響範囲などが異なる点に注意が必要だ(図表2)。

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感染症の場合は、施設や設備などの被害は発生しないが、従業員本人や家族の感染リスク、社会活動抑制による出社人数減など人的資源の問題による事業継続のリスクが高くなる。感染症を想定したBCPでは、感染拡大防止のため最低限の要員で運営することを想定し、「どの事業を継続するか、どの事業を休止するか」事業を選定し、事業継続のレベルを決めることが求められる。とくに、感染症は期間の予想が困難であるため、少ない要員を前提として長期にわたる事業継続を想定する必要がある(図表3)。

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また、2009年の新型インフルエンザ流行時と比較して、現在は人やモノの動きがはるかにグローバル化している。世界的なサプライチェーンに組み込まれた日本も例外ではなく、新型コロナでは海外の感染拡大により、中国や韓国からの仕入れが停止し、製造や販売がストップする事態となるなど国内でも影響が広がった。感染症対策では、国内だけではなく世界規模でのサプライチェーンに組み込まれている点に留意することだ。

感染症では、被害が時間をかけて徐々に広がり地理的な被害範囲も広範囲となる。収束時期の予想も困難であるため、代替施設の確保や取引補完業者の確保も困難となる可能性もある。

■危機発生時の資金確保の重要性

新型コロナの影響長期化により、企業規模や業種を問わず多くの企業が直面しているのが資金繰りの問題だ。前出の内閣府の事業継続ガイドラインにおいても、「企業・組織が被災すると収入が減少または一時停止する一方で、給与や調達先の支払いは継続しなければならず、資金繰り(キャッシュフロー)の悪化が懸念される」と、危機発生時の資金繰り問題を指摘する。

今回の新型コロナでは、影響が世界中に及び、航空会社や自動車などの大企業も手元資金確保のためコミットメントライン(融資枠)設定に動く事態となった。

こうした危機発生時には、企業向けに特別貸付や雇用調整助成金や持続化給付金など、緊急対応が展開されるため、各種補助制度を積極的に活用するのはもちろんだが、平時からの手元資金の流動性の確保、自己資本の厚み、金融機関との関係性が生命線となる。

終息まで長期化に備えて、売り上げの減少推移を想定し、具体的な資金調達方法と手元資金でどれくらいの期間を維持できるのかを試算し、必要に応じて家賃など固定費を抑制することも求められる。

■BCPの一環として加速するテレワーク導入

緊急事態宣言により出勤者の7割削減が要請されたことを背景に、大都市圏を中心に一気に進んだのがテレワークの導入である。

東京都の調査では、東京都内企業(従業員30人以上)のテレワーク導入率は、2020年5月時点で62.7%と、3月時点(24.0%)と比べ、2.6倍に急上昇している。

これまで、多様な働き方の実現や働き方改革の一環として、大企業やIT企業では導入が進められていたが、今回を機に日立製作所など一部企業ではテレワークを標準化する動きも出ている。

ただし、ここで、注意が必要なのは、テレワーク導入が急速に進んだ分、各種ルールや労務管理、人事・評価制度などの未整備もあり、従業員への負荷やストレスが増加する懸念がある点だ。2019年に開催されたテレワーク推進イベントの「テレワーク・デイズ2019」(約68万人、2,887団体が参加)では、混雑緩和や業務効率化、コスト削減効果が確認された一方、各種の課題も明確となった(図表4)。

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今後、第二波の可能性もあり、非対面・非接触が求められるビジネス環境でテレワークは一層浸透すると思われる。こうした課題解決には中長期的に取り組む必要がある。

■長期化する感染症対策、事業継続対策は必須

自然災害や感染症など、危機発生時には、組織の脆弱な部分が必ず露呈する。今回の新型コロナ問題では、日本の行政手続きのデジタル化の遅れによる混乱がその一例といえる。最も弱い部分が露呈するのは企業についても同様だ。

今回の感染症対策で、自社が対応できた部分、対応できなかった部分はどこか。BCPという形式でマニュアル化することによる効果を疑問視する声もあるが、感染症を含む各種のリスクに対して被害や影響を小さくするには、事前の備えが重要であることを改めて認識した企業も少なくない。最初から完璧なBCPを目指す必要はない。自社の実態にあわせたオリジナルのBCPを、経営者が率先して、従業員等と一体となり検討・策定し、実践することから始めたい。①業務の棚卸・仕分・可視化・優先順位の設定②事業継続の障害となる点の改善、排除③サプライチェーンの確認、マニュアル整備④代替プランの検討など、まずは基本事項を整備すること。そして、なにより定期的に見直して、PDCAサイクルで実情に即した機動的な内容を維持することが重要だ。

社会経済活動が本格的に再開され、これから企業に求められるのは、適切な感染防止対策がとられ安心安全に働ける職場環境だけではない。「新しい生活様式」に対応した、組織や働き方を導入することだ。「新しい生活様式」に合わせ産業構造も変わろうとするなかで、生き残るためには、企業も変わる必要がある。

以降の記事では、各種データによる経済動向や新型コロナの影響を概観するほか、外出自粛やインバウンド消失で甚大な影響を受けた観光業界が今取り組むべきことや、BCP策定に関する全国企業アンケートの分析結果について述べる。変化の時代に、業務変革や今後の対応を検討する際に活用いただければ幸いである。

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